「母語じゃない言葉で小説を書くって、どういうことなんだろう?」
「多和田葉子は読んだけれど、ほかにも似た作家はいるの?」
生まれ育った国の言葉ではない言語で作品を書く作家を、越境作家と呼びます。
名前は聞いたことがあっても、実際にどこから読み始めればいいのかはわかりにくいのではないでしょうか。
そこで今回は、受賞歴や評判を頼りに厳選した4人の越境作家と、その代表作をご紹介します。
アメリカから日本語へ、台湾から日本語へ、韓国からフランス語へ。言葉を越えた道のりはそれぞれまったく違います。
まずは、4人の比較チャートをご覧ください!
| 作家 | 出身 → 書く言語 | こんな人におすすめ |
|---|---|---|
| リービ英雄 | アメリカ → 日本語 | 日本語の美しさを外から見つめ直したい |
| 温又柔 | 台湾 → 日本語 | 「自分は何人なのか」を考えてみたい |
| グカ・ハン | 韓国 → フランス語 | 静かで余白のある小説を読みたい |
| 多和田葉子 | 日本 → 日本語・ドイツ語 | 言葉遊びと不思議な世界観を楽しみたい |
- 越境作家とは、母語ではない言語で作品を書く作家のこと
- 全米図書賞・芥川賞候補・ノーベル賞候補と、実績のある4人を厳選
- それぞれ「まずはこの1冊」がわかります
コンテンツ
越境作家とは、生まれ育った国や母語を離れ、別の言語で作品を書く作家のことです。日本語で書くアメリカ人、フランス語で書く韓国人など、その組み合わせはさまざま。母語の外に出たからこそ見えてくる言葉の姿が、そのまま作品の魅力になっています。
私たちはふだん、母語をあまりにも自然に使っています。
あまりに近すぎて、その言葉がどんな形をしているのかを意識することはほとんどありません。
ところが母語の外に出た書き手は、その言葉をはじめて外側から眺めることになります。
当たり前だった言い回しが急に不思議に見えたり、翻訳できない一語につまずいたり。その驚きが、そのまま作品になっていくのです。
ただ、ひとくちに越境といっても、その出発点は大きく2つに分けられると考えます。
戦争や移住といった自分では選べない事情によって母語から引き離された場合と、自らの意思で母語の外へ出ていった場合です。
同じように母語ではない言語で書いていても、この2つはまったく別のものです。
今回ご紹介する4人は、どちらかといえば後者に近い書き手たち。だからこそ作品には、新しい言葉を手に入れた人の好奇心のようなものが流れています。

日本語を「難しい言語」だと思っていたけれど、外から見たらどう映るんだろう。そんな興味から読み始めました。
「どこの国の人か」と「どの言葉で書くか」は、必ずしも一致しません。
生まれた場所、育った場所、話す言葉、書く言葉がばらばらである人は、いまや珍しくないからです。
越境作家の作品は、そうしたひとつの枠に収まらない人たちの内側を、いちばん近いところから描いています。
難しい社会問題として構える必要はありません。単純に、読んでいて視界が広がる感覚があります。
ここからは、受賞歴や評判を頼りに厳選した4人を、入りやすい順にご紹介します。万葉集の英訳で全米図書賞を受けたリービ英雄、芥川賞候補となった温又柔、フランスでデビューしたグカ・ハン、そしてノーベル文学賞候補の多和田葉子です。
最初にご紹介したいのが、リービ英雄です。
1950年、アメリカ・カリフォルニア州バークレー生まれ。日本語を母語としないまま、日本語で小説を書き続けている作家です。
この方を1人目に挙げたのは、越境という言葉から想像しがちな順路と、まったく逆の道をたどっているからです。
日本語を学んだ外国人が小説を書いた、という話ではありません。リービ英雄はまず、日本最古の歌集である『万葉集』を英語に訳した人でした。その英訳は1982年に全米図書賞を受けています。
その後、1992年には小説『星条旗の聞こえない部屋』で野間文芸新人賞を受賞。2017年には『模範郷』で読売文学賞、2021年には『天路』で野間文芸賞を受賞。半世紀にわたって日本語で書き続けてきた作家です。
私がリービ英雄を知ったのは、『英語でよむ万葉集』という一冊でした。
五・七・五・七・七という厳しい文字数の制限があるなかに込められた和歌を、英語に置き換えていく。その試みに、心が躍りました。

万葉集を英語で読むなんて発想、まったく持っていませんでした…!
・日本語の美しさを、外からの視点で見つめ直したい
・古典に苦手意識があるけれど、もう一度触れてみたい
・翻訳という仕事そのものに興味がある
小説から入りたい方には、野間文芸新人賞を受けた『星条旗の聞こえない部屋』を。
日本語の世界へ足を踏み入れていく主人公を描いた、リービ英雄の原点にあたる作品です。
2人目は温又柔(おん・ゆうじゅう)。
1980年に台湾・台北市で生まれ、3歳から東京で育ちました。ご両親は台湾の方で、家庭では台湾語まじりの中国語が話されていたといいます。
実は温又柔は、法政大学でリービ英雄に学んだ教え子にあたります。
1人目からそのまま2人目へつながるのが、この2人の面白いところです。
3歳で日本に来たこと自体は、自分で選んだことではありません。
けれど日本語で書くという道は、自ら選び取ったものです。先ほどの2つの越境が、一人のなかで重なっているとも言えます。
2013年、リービ英雄が52年ぶりに故郷である台中を訪ねた旅に、温又柔は同行しています。
その記録は、大川景子監督によるドキュメンタリー映画『異境の中の故郷 ー作家リービ英雄52年ぶりの台中再訪ー』として残されました。師弟が一緒に国境を越えた記録が、そのまま作品になっているのです。

越境した先生と、越境した教え子が、一緒に旅をする。それだけで一本の物語みたいですよね。
まず手に取りやすいのは、エッセイ集『台湾生まれ 日本語育ち』です。
台湾に生まれ、日本語で育った自分は何者なのか。その問いを、身近な家族の話から解きほぐしていく一冊で、日本エッセイスト・クラブ賞を受けています。
・「自分は何人なのか」という問いに関心がある
・小説より先に、エッセイから気軽に読み始めたい
・台湾と日本の近さと遠さを知りたい
小説では、2017年に芥川賞候補となった『真ん中の子どもたち』があります。
日本語と中国語のあいだで揺れる若者たちを描いた作品で、タイトルの「真ん中」がそのまま越境というテーマを言い当てています。
3人目のグカ・ハンは、ここまでの2人とは向かった先が違います。
韓国に生まれ、26歳でフランスへ渡り、その6年後にフランス語で書いた『砂漠が街に入りこんだ日』でデビューしました。フランスの各誌が「大事件」と評した一冊です。
興味深いのは、ご本人が母語である韓国語で書こうとは考えなかったと語っていることです。
母語との間に、意識的に距離を置きたかったのだといいます。母語を離れることが、書くための条件そのものだったということになります。
作品はLUOESという架空の都市を舞台にした、8つの短編からなる短編集。
私がこれを読んだのは、コロナ禍でひとりの時間が長かった頃でした。静かで繊細な世界が、当時の自分にはとても沁みたのを覚えています。

読み終えたあとの、しんとした余韻がずっと残る本でした。短編集なので少しずつ読めます。
・静かで余白のある小説が好き
・短編集で少しずつ読み進めたい
・母語を離れる理由そのものに興味がある
最後は多和田葉子です。
1960年東京生まれ。1982年からドイツに暮らし、日本語とドイツ語の両方で作品を書き続けています。芥川賞、谷崎潤一郎賞、ドイツのクライスト賞などを受賞し、ノーベル文学賞の候補としても名前が挙がる作家です。
ここまでの3人が「母語ではない言語へ渡った」のに対して、多和田葉子は2つの言語を行き来しながら書き続けているという点が異なります。
越境という言葉のいちばん広い形を体現している方だと思います。
多和田葉子については、作風の解説からおすすめ作品まで別の記事で詳しくご紹介しています。
どの作品から読めばいいか迷ったら、そちらをのぞいてみてください。
『英語でよむ万葉集』を開いたとき、私が驚いたのは万葉集の知識が増えたことではありませんでした。
見慣れていたはずの日本語が、急に見知らぬものに見えたことです。
越境作家の本を読むと、たびたびこの感覚がやってきます。
自分がふだん使っている言葉を、少しだけ外側から眺めさせてくれる。それがこの4人に共通する魅力なのだと思います。
どこから読んでも構いません。
気になった名前が一人でもいたら、ぜひその一冊を手に取ってみてください。

