「抽象画」や「抽象絵画」に対して、どんなイメージを持っていますか?
ぶっちゃけ、何が描いてあるんだか全然わからないわ…。子どもの落書きみたいだよね。
と思う方もいるのではないでしょうか。
少なくとも、元美術嫌いの私はそう思っていました。
しかし鑑賞するときのポイントを変えてみたことで、今では抽象絵画は好きなジャンルのひとつになりました。
今回はモンドリアンという画家の作品を通して、私が抽象絵画を好きになるまでにどんな気づきをたどってきたのかを。
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ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872-1944年)は、オランダのアメルスフォールト生まれの画家です。
アムステルダム国立美術アカデミーを修了した後、パリやロンドン、ニューヨークなど各地へ拠点を移しながら活動をしていました。
モンドリアンは、オランダで活動をしているときにテオ・ファン・ドゥースブルフと共に、「デ・ステイル(De Stijl)」という前衛芸術運動に参加しました。
「新造形主義」とも呼ばれ、水平線・垂直線で構成され、赤・青・黄の三原色と黒・白を使った色調が特徴で、モンドリアン自身の作品にも反映されています。
1872年 オランダのアメルスフォールトに生まれる。
1892年 アムステルダム国立美術アカデミーで伝統的な美術教育を受ける。
1908年 象徴主義や神智学に影響を受け、精神的な思想や探求に関心を抱く。
1911年 キュビズム作品に衝撃を受け、翌年からパリでキュビズムを学ぶ。
1916年 ドゥースブルフと共に芸術雑誌『デ・ステイル(De Stijl)』を創刊。「新造形主義」と呼ばれる芸術理論を提唱。
1919年 格子状のモチーフを用いた絵画を制作し始め、やがてコンポジションのスタイルが確立されていく。
1938年 ファシズムの脅威を逃れてロンドンへ。
1940年 さらに海を渡りニューヨークへ移住。
1944年 ニューヨークにて肺炎により亡くなる。
モンドリアンは、本格的な抽象絵画を描いた最初期の画家の一人です。
抽象絵画とは、現実には存在しないものや形を持たないものを表現した絵画のことを指します。
点や線、色などを使って、画家自身の内面やイメージを絵画に描きだしました。
それまでは、人や物、風景など形があるものを描くことが一般的だった時代に、抽象絵画を描いたことはかなり革新的な発想だったことでしょう。
初期の作品からいきなり抽象絵画を描いていたのではなく、さまざまな画家や思想の影響を受けて画風が変化していきました。
1910年頃から抽象絵画への志向がだんだんと強まっていき、モンドリアンの代表作である《コンポジション》シリーズの様式が確立されたのは1921年頃のことでした。
モンドリアンは、最初は写実的な絵画を描いていたけれど、段々といろいろな要素を削ぎ落としていったと私は考察しています。
そして最終的に具体的な何かを描くこと自体を止め、モンドリアンの代名詞ともいえる直線と原色だけの抽象絵画《コンポジション》シリーズへとたどり着いたのです。
年代に沿って作品を取り上げながら、実際に作風の変遷を見ていきましょう。
これらの作品はモンドリアンが20代の頃に制作した活動初期のもので、現実をありのままに表現しようとする写実的な傾向が強く現れています。
また、くすんだ色合いを多用した風景画は「ハーグ派」様式と呼ばれ、初期のモンドリアンの作品にもよく見られる特徴の一つです。
モンドリアンは、ゴッホやスーラといった印象派・ポスト印象派の画家たちの影響を受けていきます。
輪郭を明確に描くのではなく、点描を用いてぼんやりとした輪郭の描写が特徴的です。
伝統的な美術では輪郭を明確に描くことが多かったですが、印象派の影響により形をデフォルメする画風に転じて行きました。
上に掲載した3作品は、初期の作品と比べて色彩が写実的ではなくなり原色が強調されています。
印象派の影響と同時期の作品であり、形のデフォルメと共に色彩のデフォルメも進んでいきます。
ありのままの色を塗ることをやめる手法が取り入れられていきました。
この作風の変化の理由は、モンドリアンが「神智学」に関心を持ち始めたことにあります。
「神智学」とは、物質的なものではなく神秘的な直感によって神の啓示に触れようとする信仰・思想です。
具体的なものから抽象的なものへの関心の変化は、以降のモンドリアンの作風の変化にも一貫して影響を与えます。
モンドリアンはキュビズムの作風に感化されて、1912年頃からキュビズムの理論を学び始めます。
これにより、モンドリアンの画風はさらに抽象化が進んでシンプルになっていきました。
物体の描写は四角形や円・線のみに変わり、色彩も少なく簡略になっていきます。
この辺りまでくると、ぱっと見ただけでは「何が」描いてあるのかがわからないですよね。
1914年頃から、モンドリアンはいよいよ「何か」を描くことをやめました。
これまでの作品は「風景」や「木」といったように何かを主題としていたのですが、その具体的な主題もなくなったのです。
幾何学的な形や線、色彩だけの組み合わせで作品が構成するという、モンドリアンの抽象絵画の様式が確立されていきました。
ここまで順を追って見てきたように、写実的な絵画からさまざまな要素を引き算していった結果、《コンポジション》のような抽象絵画が生まれたと考えられます。
- 現実をありのままに表現する
- 輪郭をぼかしてデフォルメする
- 色彩を減らしていく
- キュビズムの影響でさらにシンプルな描写になる
- 具体的な「何か」を描くことをやめて抽象に到達する
以前の私のように抽象絵画を鑑賞しても「面白さがわからない」という方も、抽象絵画に到達するまでのモンドリアンの試行錯誤や変遷を踏まえて鑑賞することで、新たな発見があるかもしれません。
抽象絵画が苦手だった昔の私も、画家たちがそこに至るまでの過程と革新的な発想に触れることで、面白さを知ることができました。
この記事を通して、少しでもアートの面白さが伝わっていれば嬉しいです。
※掲載している作品画像はすべてWikimedia Commonsを出典としています。